「失敗しないように、もっとよく考えよう」
「正しい答えを出してから動こう」
「感情に流されず、冷静に判断しなければ」
私たちは子どもの頃から、
考えることの大切さを教えられてきました。
もちろん、思考は人生に欠かせないものです。
仕事の計画を立てたり、問題を整理したり、
将来を予測したりするときに、
思考は大きな力になります。
ところが、考えることに偏りすぎると、
いつの間にか自分の感覚が
分からなくなることがあります。
頭では「これが正しい」と分かっているのに、
なぜか身体が動かない。
人から見れば恵まれているのに、
心が満たされない。
何を選んでも
「本当にこれでよかったのだろうか」
と考え続けてしまう。
このような状態には、
「思考優位」が関係しているかもしれません。
思考優位とは、頭で人生を
コントロールしようとする状態
思考優位とは、物事を論理や損得、
正解・不正解によって判断する傾向が強くなり、
自分の感覚よりも頭の判断を優先している状態です。
たとえば、食事を選ぶときにも、
「何を食べたいか」ではなく、
「何を食べるべきか」で選ぶ。
仕事を選ぶときにも、
「どんな仕事に心が動くか」ではなく、
「どの仕事なら失敗しないか」で選ぶ。
人間関係でも、
「この人と一緒にいて心地よいか」ではなく、
「嫌われないためにどう振る舞うべきか」を考える。
このように、身体や心から生まれる感覚よりも、
周囲の評価や常識、過去の経験から導き出した
答えを優先するようになります。
一見すると、とても冷静で
しっかりしているように見えます。
しかし、その状態が長く続くと、
自分の本当の望みが分からなくなってしまう
ことがあります。
なぜ思考優位になるのか
思考優位になる人の多くは、
単に「考えることが好き」なわけではありません。
その背景には、失敗や否定、
傷つくことから自分を守ろうとする
反応が隠れていることがあります。
子どもの頃から周囲の顔色を読み、
「怒らせないようにしなければ」
「期待に応えなければ」
「間違えてはいけない」
と感じながら育つと、
身体は自然に反応する前に、
頭で安全を確認するようになります。
何かをしたいと感じても、
「そんなことをしたら、どう思われるだろう」
「失敗したらどうしよう」
「もっと正しい方法があるのではないか」
と考え、感覚にブレーキをかけるのです。
つまり、
考えすぎているように見える状態も、
実際には自分を守るために身につけた
生き方である可能性があります。
思考優位は、その人の弱さではありません。
これまでの人生を安全に生きるために、
身体と潜在意識が覚えてきた方法なのです。
感覚優位とは、
気分だけで生きることではない
感覚優位と聞くと、
「何も考えず、気分のままに行動すること」と
思われるかもしれません。
しかし、ここでいう感覚優位とは、
衝動的になることではありません。
身体に起きている小さな反応を受け取り、
それを判断材料の一つとして尊重できる状態です。
「こちらを選ぶと、身体が少しゆるむ」
「この場所にいると、なぜか呼吸が浅くなる」
「理由は説明できないけれど、今はこちらではない気がする」
「不安はあるけれど、心の奥ではやってみたいと感じている」
こうした反応は、頭で考えて
作り出した答えとは異なります。
私たちの身体は、言葉になる前から
環境や人との関係を感じ取っています。
安心できるのか、
緊張しているのか、
無理をしているのか。
本当は何を望んでいるのか。
感覚優位とは、その身体から届く情報を無視せず、
人生の選択に生かしていくことです。
思考優位になると、
身体のサインを見逃しやすい
頭で自分を動かし続けていると、
身体が「もう休みたい」と伝えていても、
「まだ頑張れる」
「これくらいで疲れてはいけない」
「周りも同じようにやっている」
と、思考によって
感覚を押さえ込んでしまいます。
本当は嫌だと感じている人間関係でも、
「自分が我慢すれば丸く収まる」と考える。
仕事に限界を感じていても、
「辞める理由が見つからない」と続ける。
何もしたくないほど疲れていても、
「怠けてはいけない」と自分を動かす。
この状態が長く続けば、
身体はさらに強いサインを
出さなければならなくなります。
疲労感、眠気、緊張、動悸、
肩や首のこわばり、
理由の分からない不安などは、
さまざまな原因で起こりますが、
無理を続けていることを知らせる
サインになっている場合もあります。
大切なのは、すぐに意味づけを
することではありません。
「なぜこうなったのだろう」と考える前に、
まず「今、身体に何が起きているだろう」と
感じてみることです。
感覚を取り戻すために、正解を探さない
思考優位の人が感覚を取り戻そうとすると、
ここでも正しい方法を探そうとします。
「どう感じるのが正解ですか?」
「これは直感ですか、それとも思い込みですか?」
「何日続ければ感覚が戻りますか?」
しかし、感覚には一つの正解がありません。
最初は、「好き」「嫌い」という
大きな感覚を見つけようとしなくても大丈夫です。
まずは日常の中で、
「少しゆるむか、少し緊張するか」
「呼吸が深くなるか、浅くなるか」
「身体が前に向かうか、引こうとするか」
という、小さな違いに気づいてみてください。
たとえば、何を食べたいか。
どの服を着たいか。
どの道を歩きたいか。
今日は誰と話したいか。
今は休みたいのか、動きたいのか。
人生を変えるような大きな決断ではなく、
小さな選択から感覚を使うことが大切です。
感覚は、特別な能力ではありません。
使わなくなっているだけで、
もともと誰の中にも備わっています。
思考をなくすのではなく、
使う順番を変える
思考優位から抜け出すために、
思考そのものを否定する必要はありません。
必要なのは、思考をなくすことではなく、
思考と感覚の使い方を整えることです。
これまでは、
「頭で正解を決めて、身体を従わせる」
という順番だったかもしれません。
これを、
「身体の感覚を受け取り、思考で現実的な形に整える」
という順番に変えていきます。
感覚が方向を示し、思考が道筋をつくる。
この二つが協力できるようになると、
自分を無理に動かす必要が少なくなります。
たとえば、
「この仕事を辞めたい」と感じたからといって、
すぐに辞めなければならないわけではありません。
まず、その感覚を否定せずに受け取る。
そして、なぜそう感じるのか、
生活を守りながら何ができるのかを
思考で整理する。
感覚だけでも、思考だけでもなく、
両方を使うことが大切なのです。
感覚が分からないときは、
身体が緊張しているのかもしれない
「自分が何を感じているのか分からない」
「やりたいことが何も浮かばない」
そのようなとき、自分には
感覚がないと思う必要はありません。
長い間、周囲に合わせる役割や、
期待に応える役割を続けてきたことで、
自分の感覚よりも他人の反応を
先に受け取るようになっている
可能性があります。
身体が緊張し、安全を確認し続けている状態では、
心の奥にある小さな感覚は聞こえにくくなります。
そのため、無理に答えを出すよりも、
まず身体が安心できる時間をつくることが必要です。
静かに呼吸する。
自然に触れる。
何もしない時間を持つ。
身体の力が抜ける場所に身を置く。
感覚は、頑張って探し出すものではありません。
身体の緊張がゆるんだとき、
少しずつ自然に戻ってくるものです。
あなたの中には、
考える前から知っている感覚がある
考える力は、私たちを助けてくれる大切な力です。
しかし、
人生のすべてを思考だけで決めようとすると、
どれだけ考えても安心できず、
答えを探し続けることになります。
そのようなときは、答えを増やすことよりも、
いったん考えることを止めて、
自分の身体に戻ってみてください。
今、呼吸は深いでしょうか。
身体のどこかに力が入っていないでしょうか。
本当は何を嫌だと感じ、
何に心が動いているでしょうか。
頭が出した正解ではなく、
身体が静かに示している方向に気づく。
その小さな感覚を尊重することが、
「自分の人生を生きる」ということの
始まりなのかもしれません。