健康とは人生において自由になること

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インタビュー

「母のため」の人生は終わり。
私は写真で自分を表現する。

森井美里さん

会社員

3歳頃から、私はどこか
「生きづらさ」を感じていました。

その後、弟が生まれたとき、幼いながらに
もう母からの愛情を求めるのはやめよう」
心のどこかで諦めたことを覚えています。

3人兄弟の長女だった私。

母は3人の育児と家庭、
そして働き盛りの父を支えるストレスから、
いつもノイローゼ状態でした。

私は母の機嫌を損ねないよう、
常にその顔色を伺って立ち回る子どもでした。

小さなお母さんになった自分

一番下の弟が3歳になり、
母が働きに出たときのことです。

作り置きのお昼ご飯を食べながら、
ふと「私もご飯を作れば、お母さんに褒められるかも」と思いつきました。

「罵倒されたくない、叩かれたくない」
「私を見てほしい……」

そんな一心で、幼いながらに
ガスコンロの前に立ち、卵を焼きました。

今思えば、火事にならなくて
本当に良かったと思います。

弟たちの面倒を見る、小さなお母さんになり、
他人と自分を比べ、

本当に言いたいことを飲み込みながら
私は、「我慢のプロ」になっていきました。

自分の本音がわからない、心の麻痺

大人になって社会に出ても、
人の顔色を伺う癖は抜けません。

振り返ってみると、
私は心から人と本音で向き合ったことがなく、

我慢することが当たり前になりすぎて、
自分が何を感じ、何を望んでいるのかさえ
分からなくなっていました。

まるで、自分の心が動いていないような感覚でした。

そんな私の転機となったのが、
写真教室の知人を介して出会った
岡田先生の施術でした。

施術を受けていく中で、
「私の人生なのに、私は私を生きていない」

頼まれた仕事を断れないのも、
限界まで疲れていても休まず家事をするのも、
当時の夫に尽くし続けるのも、

そのすべてが、
「母のため」に身につけた生き方だったのです。

そして、
「もう十分頑張った。もう、自分を許してもいい」と、
ようやく自分自身に許可を出すことができました。

その後、当時の夫と離婚を選び、

長年苦手だと思い込んでいた仕事も、
翌日には「この仕事なら大丈夫」と
自然に思えるようになり、

意識も体も、まるで羽が生えたように
軽くなっていきました。

以前、親友から「目が笑っていない」
言われたことがありました。

でも今は、
「ようやく本当に笑えるようになったね」
言ってもらえたことが、とても嬉しかったです。

今、写真という光を通して
「表現者になりたい」と願い、活動しています。

過去の私のように、
自分の本当の心を眠らせている人へ届くような、
心が動く一瞬を表現し続けていきます。

これまでの人生で経験してきたことも、
乗り越えてきたことも、

すべてが
今の私の表現につながっています。

これからは、誰かの期待のためではなく、
自分の人生を、自分らしく表現しながら
歩んでいきたいと思っています。

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